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ただの友だち……だよ? PAGE2

last update Last Updated: 2025-05-15 08:30:10

 ――午後からは、実際に主任や先輩たちが秘書として働いているところをメモを取りながら見学させてもらうことになった。

 会食のお供で会長と外出し、戻ってきていた桐島主任は給湯室で、お茶やコーヒーを淹れるところをわたしたち新人に披露して下さったのだけれど、それがすごくサマになっていてカッコいい。たかがお茶くみ、されどお茶くみ。これも立派な秘書の仕事なんだと改めて感服した。

「昔は『お茶くみは女子の仕事だ』って言われてたものだけど、それって『女はお茶くみをやるくらいしか役に立たない』って意味だとは僕は思ってないんだ。ちゃんとこだわりやプライドを持ってやれば、これも立派な仕事になる。……まあ、僕自身が昔バリスタを目指してたからでもあるんだけどね。だから、お茶くみを軽々しく考えてもらいたくないんだ」

「主任、バリスタ志望だったんですか? カッコいい……」

 わたしは思わずこの人が黒いエプロンをして喫茶店のカウンターでコーヒー豆を焙煎(ばいせん)している姿を想像してしまい、心の声が漏れてしまった。

「うん、高校生くらいの頃の話だけどね。……そんなにカッコいいかな」

 主任は少し照れているように見える。こういう姿を「カッコい」と評されることはあまりないのだろう。

「はい。どんな仕事にも真摯に向き合ってる姿、わたしはカッコいいしステキだと思います。それだけプライドを持って取り組んでらっしゃるんだな、と思って」

「ありがとう、矢神さん。会長にもよく言われるよ。……コーヒーとかお茶ってね、けっこう奥が深いんだ。お出しする相手によって、好みも様々だから。濃さや温度、

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  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   ひとりじゃない PAGE4

     ――初めて挑戦したお客様への応対は、小川先輩にほんの少しだけフォローしてもらったけれどどうにかやり遂げることができた。 お茶菓子にはわたしが選んだ抹茶のロールケーキが採用され、お客様にも喜んで頂けた。それどころか、ご家族で召し上がって頂けるようにと手土産にも同じロールケーキを一本お渡ししたところ、「君は気が利くね。ありがとう」と大変感謝されたくらいだ。「――矢神さん、お疲れさま! でもよくできました」「ありがとうございます、小川先輩。先輩のフォローのおかげですよ」「またまたぁ! 私がフォローしたところなんかほとんどなかったじゃない。あのお茶菓子のチョイスと、お土産に一本差し上げたところなんか私より気配り上手だったよー。あなたには秘書としての素質があると思う」「そんな……、わたしなんてまだまだこれからです。これからもご指導のほど、よろしくお願いします」「謙虚だなぁ、矢神さんは。まあ、そこがあなたのいいところなんだけどね」 ……とまあ、小川先輩はわたしのことをベタ褒めして下さった。自分では緊張でちゃんとできていたかどうか自信がなかったけれど、小川先輩は過大評価をするような人ではないので、この評価はきっと妥当なんだろう。「初めてでこれだけできるなら安心ね、これからは一人で応対してもらおうかな」「えーーっ!? そんなぁ……」「ウソウソ! 冗談だよ。社長秘書は私なんだから、まだサポートに回ってもらうだけ。でも社長は、いずれはあなたを第二秘書に、と思ってらっしゃるみたいだけど」「第二秘書……。わたしが、ですか?」「ええ。あなたは真面目だし優秀だから、任せて大丈夫だろうって。私もあなたになら安心して任せられる」 まだ入社一年目で役職(ポスト)に就(つ)かせてもらえるかもしれないなんて、嬉しい以前に信じられない。夢でも見ているんじゃないだろうか。「ウチの会社ではよくあることなの。特に、絢乃会長が就任されてからはね。だってほら、桐島くんだってまだ二十代で主任でしょ?」「ああ、そういえば……そうですよね。ウワサでは、会長とご結婚された後には役員になられるとか」「そうなのよ。やっぱり、会長のパートナーになるとね、それ相応のポストに就かないとおかしいんじゃないかってことらしくて」「はあ、そうなんですか。主任は確か、婿入りされるんですよね。セレブのお家に

  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   ひとりじゃない PAGE3

    「……なんか、わたしの望んでない方向に展開していってる気がする」「麻衣はそれが不本意なわけ? でも、アンタが安全でいられる方がいいじゃん」「まあ……、そうなんだけど。じゃあわたし、先に部署に戻るよ。給湯室でお弁当箱洗っておきたいし。佳菜ちゃんはゆっくり食べてて。あと、入江くんが戻ってきたら、わたしは先に仕事に戻ったって言っておいてね」 わたしは先にお弁当を食べ終えていたので、まだ食事中の佳菜ちゃんにそう言って席を立った。「オッケー。っていうかアイツ、戻ってくるのかねえ。ラーメン伸びるっつうの」 佳菜ちゃんは入江くんが座っていた向かいの席に目をやって頬杖をつく。そこにはまだ食べかけのラーメンのどんぶりが置かれたままだった。   * * * *「――ただいま戻りました」 秘書室のオフィスに戻って、給湯室で洗ってきたお弁当箱を保冷バッグごとロッカーにしまう。室長はまだお昼休憩から戻ってきておらず、オフィスには小川先輩だけがいた。「ああ、お帰り、矢神さん。――そうだ。二時ごろに、社長にお客様がお見えになるの。よかったらその方の応対、やってみる?」「えっ、わたしが? いいんですか?」「うん。もちろん、あなたひとりに丸投げするわけじゃなくて、私もちゃんとフォローするから。そろそろ本格的に秘書の実務を覚えてもらってもいいかな……と思ってね。室長にも話しておくから」 まだ入社して一ヶ月も経っていないけれど、いつまでも座学で基本的なデスクワークばかりしていられない。秘書の仕事のメインはやっぱり、来客へのおもてなしだと思う。「はい、やってみたいです! ご指導よろしくお願いします!」「分かった。じゃあ、まずはお茶菓子を買いに行こうか。この近くだと、東京駅のエキナカかな」「ですね。どんな飲み物をお出しするかによっても、買うものは違ってくると思うんですけど」「お出しするのは日本茶でいいかな、と思ってるんだけど、お客様はどうも和菓子が苦手みたいで……。どうしようか?」「それじゃ、抹茶系のスイーツはどうですか? 洋菓子でも日本茶に合いそうですし」「ああ、それいいかも! 矢神さん、ナイス!」 小川先輩が、わたしの思いつきを褒めて下さった。というわけで、わたしは先輩と二人で秘書としての初ミッションに臨むこととなった。一人だと不安だっただろうけれど、頼もしい先輩

  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   ひとりじゃない PAGE2

     会長が「場所を変えましょう」とおっしゃったらしく、入江くんと会長、桐島主任の三人はどこかへ行ってしまったので、この場では入江くんがどんな話をするつもりなのか分からなかった。「……入江くん、逃げたのかも」「逃げたって……、何の話?」 わたしはお弁当をつつきながら、「わたしから」とボソッと答えた。昨日、入江くんから電話で遠回しな告白をされ、わたしも思わせぶりな返事をしたけれど、今朝になってそれを「忘れて」と言ったことを彼女に打ち明ける。「だから、さっき佳菜ちゃんに言われたことのせいで、わたしとは気まずくなっちゃったのかも……と思って」「…………なんで『忘れて』なんて言っちゃったかな、麻衣は。入江くんの負担になりたくないのも、ずっと友だちのままでいたいっていうのも、ホントは彼のこと好きだからなんじゃないの?」「……………………それは……うん、そうだけど」 佳菜ちゃんは思いっきり痛いところを衝いてきて、わたしはぐうの音も出ない。「だからお子ちゃまだって言うんだよ、麻衣は。男心ってものが分かってないんだから。男っていうのはねえ、好きな女の子のためなら何でもしたいって思う生き物なんだよ。入江くんだって絶対そう。麻衣のこと助けてあげたいはずなんだから」 佳菜ちゃんはわたしと違って恋愛経験が豊富らしいので、男性の心理というものがよく分かっているのがさすがというべきか。わたしは今までちゃんとした恋愛をしたことがなかったので、そんなこと考えもしなかった。「っていうか、あた

  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   ひとりじゃない PAGE1

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  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   本当に助けてほしい人は…… PAGE9

    「差し当たり、出勤時と退勤後に彼女を貴方のクルマで送迎してあげてくれない?」「僕は別に構わないんですが……。会長の送迎はどうするんです?」「それなら、帰りも寺(てら)田(だ)さんに頼むから問題ないよ。貴方は何も心配しないで」 寺田さんというのが、篠沢家の専属ドライバーさんのお名前らしい。それはともかく、帰りの送迎の時間はお二人にとってお仕事を終えた後のプライベートに切り替わる貴重な時間のはず。そんな大事な時間まで、わたしのせいで奪ってしまうのは何だか申し訳なく感じた。「……あっ、あの。わたし、ボディーガードの必要はありません。大丈夫ですから」「「えっ?」」 「これはわたしの問題で、わたしが自分で解決しないと。会長や主任にご迷惑はかけられません。大丈夫です、自分の身は自分で守りますから。相談に乗って頂けただけで十分助かりました。ありがとうございました」 わたしは驚かれているお二人にそれだけ一気に伝え、相談に乗って頂いたお礼を述べた。「えっ? ……ええ、分かった。まあ、貴女がそれでいいなら……。ねえ、桐島さん?」「……はい」 お二人は納得がいかないご様子だったけれど、わたしはこれでいいと思った。 それに、わたしが本当に助けてほしい相手はやっぱり桐島主任ではなく入江くんなのだ。「――それじゃわたし、そろそろ仕事に戻らせて頂きますので、これで失礼致します」「……はい。お仕事頑張ってね」「ありがとうございます」 わたしはもう一度会長に頭を下げ、会長室を退出した。   * * * * ――午前の業務が終わると、わたしは給湯室の冷蔵庫に保管していたお弁当を持って社員食堂へと下りていった。お茶だけは食堂でもらおうと思ったのと、入社式の日からずっと入江くん、佳菜ちゃんと三人で昼食を摂ることが習慣になっているからだ。「――あれ? 麻衣、今日はお弁当持参? 美味しそうだね」 いただきます、と手を合わせて食べ始めると、オムライスを食べていた佳菜ちゃんが隣からわたしのお弁当箱の中を覗き込んできた。 入江くんからは「仕事がちょっと長引いてるから、社食に行くのが遅くなりそうだ」とメッセージが来ていた。食べている間に来るだろう。「うん、ありがと。昨夜はあんまり眠れなくて、朝早く目が覚めたからね」「えっ? 何か心配ごとでもあるの? っていうか、昨日あたし

  • 恋のフレッシャーズ! ~等身大で恋しよう~   本当に助けてほしい人は…… PAGE8

    「わたし自身、このことをあまり大げさにはしたくないんです。せっかくご縁があって入社したこの会社にもご迷惑をかけたくなくて」「矢神さん、そんなのおかしい! 貴女は被害者なんだよ? だったら、『会社に迷惑がかかる』なんて気にしちゃダメ。誰も迷惑だなんて思わないから。ねえ、桐島さん?」 会長はわたしの考えが間違っている、と指摘して下さった。彼女もかつてストーカーの被害者だっただけあって、被害者の方が気にしているのはおかしいとお考えのようだ。「僕も同感です。被害者だからこそ、むしろ周りを頼るべきだよ。君だって、そう考えたから会長に相談しようと思ったんだろう?」「……はい」 わたしは昔から何でも自分ひとりで何とかしようとするクセがあって、入江くんにもよく「ひとりで抱え込むな」と言われる。自分でもいけないことだと分かってはいるのだけれど……。「――ところで矢神さん、その中に、誰か貴女の身を守ってくれそうな人は何人くらいいるの? つまり、ボディーガードをしてくれそうな人っていう意味で」「そうですね……、父と入江くんと、桐島主任……くらいですかね」 父は一人娘であるわたしが狙われている以上、体を張って守ってくれそうだ。でも何か武道をやっているわけではないし、勤め人なのであまりムリは聞いてもらえそうにない。 となると、実質入江くんと主任の二人だけに絞られるけれど……。入江くんにはさっきあんなことを言ってしまった手前、わたしからは「ボディーガードになってほしい」と頼みにくい。「そう、分かった。――桐島さん」「はい?」「貴方にはしばらくの間、矢神さんのボディーガードをやってもらいましょ」「…………はいぃぃ!? ゴホゴホ……」 会長の予想外の提案に、主任が危うく飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになり、ゴホゴホとむせた。そしてわたしも目を丸くした。「主任に……わたしのボディーガードを? えっ、ちょっと待って下さい! それってどういうことですか?」「…………あの、どうして僕が? 矢神さんには多分、入江くんの方がいいと思うんですが」「貴方、矢神さんと住んでるところ近いでしょ? 何かあった時、すぐに飛んでいけるからいいと思うんだけど」「…………」 会長のお言葉に沈黙したのは、主任ではなくわたしだった。昨日、電話で「近くに住んでいないのがもどかしい」と入江くん

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